Will you merry me?6




仕事が億劫だなんて、初めてのことだった。
"それが生き甲斐か?"と問われれば、100%の自信を持って「そうだ」と言えるものでもなかったが、仕事に行くのに気が乗らないなんて事は初めてだ。
「ヒソカじゃあるまいし」そう一人呟いて、家の鍵を閉めた。

自分の天職は殺し屋である。
そうずっと思っていたし、逆にそれ以外の仕事などしなくて良いと思っている。
呼吸をするかのようにターゲットを消し、飛行船の中では次の仕事の資料を見ながら殺人までの計画を立て、トレーニングも怠らない。
しかし、ここ最近は最低限の事を頭に叩き込むのが精一杯で、ベッドで寝転んでばかりいた。
それは家でも同じで、シャワーを浴びるのさえ面倒で、そんな不潔な自分も嫌で仕方なかった。


「ねぇ、最近どうしたんだい?」


ヒソカが異変に気づいて声をかけて来たのは、何事も億劫になってから1週間後のことだった。


「別に…ただ、なんでも面倒なんだよね。」

「具合悪いんじゃないなら良いけど、君は薬も効かないんだから体調の変化には気をつけれおくれよ。」

「うん。」


ヒソカとの会話さえ面倒だ。
仕事を休む事はしなかったが、家や飛行船の中ではベッドが定位置。
オレは一体どうしちゃったんだろう。

こんなオレなんて、ヒソカも嫌だよね…。





一向に回復しないオレを心配して、ヒソカがカウンセラーを家に連れて帰ったのはそれから1週間後のことだった。

幻覚や幻聴はありますか?
自分の存在が嫌になることはありますか?
これからどうなりたいという目標はありますか?

2、3問診して、彼女は「メンタルへの異常はないようだけど、情緒不安定になっているから、生理前の影響かもしれないですね」と告げ、
「悪い事は何もないのだから、楽に考えるように」とアドバイスをくれた。

生理前…そういえば、また生理は止まっていた。
そうか、女性の体ってこんなに大変なんだな。
胸も張るようで、動いて揺れると痛みを覚えるようだし。
それなら、婦人科にでも行って、いつ生理が来るのか調べてもらえば気持ちも楽かも。
オレはそこまで考えて、久しぶりに気分良く外出の予定を立てた。





「おめでとうございます。」


何の申告をされたのか、よく分からなかった。
その女医によると、10週に入って居て、そろそろ悪阻が始まるのが普通だと言っていた。





赤ちゃんできたんだ…。





病院から出たオレは飛行船へと乗り込んだ。

どうしよう。
どうすればいい?

オレ、親になんてなれないよ。
仕事は?

それに、ヒソカは?

パニックになって、飛行船に居合わせた執事全員に針を刺して動けなくしていた。

ああ、なんてバカなんだろう。
ここに居る執事は全員よく教育されたプロの執事だから、オレの言う事なんて針を刺さなくても聞いてくれるのに。

ヒソカになんて言おう。
父さんや母さんになんて言おう。





気付けば、アルペン山脈の断崖絶壁に居た。
景色は絶景。
オレの気分も絶不調。

…。
落ち付け。
オレらしくない。

そうだ、ここ最近ずっとオレらしくない。
自分を取り戻さなきゃ。

自分?

そんなものあったっけ?

自分とはイルミ=ゾルデイック。
だけど、今はヒソカの妻。
そして、この子の…。


…無理だ。
オレは殺し屋。
命を奪うのが仕事で、生み出すなんてできない。

でも、お腹の子供は今もどんどん細胞分裂を繰り返して、オレの養分を吸いながら大きくなっているに違いない。

ごめんね。
こんな親でごめん。
お前も幸せにはなれないよね。

殺し屋の母親を持つ子供なんて、きっと世間一般からすれば異常事態だし、普通の幸せなんて望めないよね。

それに、今まで散々人殺しをしてきたんだ。
オレはその人たちを全部覚えている訳じゃないけど、お金と交換にしていい命なんてなかったはずだ。
今、この子を金で売れるかと聞かれれば、まだ生まれても居ない命なのに無理だと思う。

オレは生み出してはいけないんだ。

そうか、最近体が重かったのは、これまで奪った魂がオレを縛りつけるからに違いない。

ちょうどこんな場所だし、飛行船も、もうどっか行っちゃった。

ごめんね。
ごめんね。

オレはやっぱり殺すことしかできない。

でも、母さんも一緒だからね。





12月の雪の上は冷たくて、優しそうな白に反して射すような痛みがオレたちを襲った。










目覚めたら、ふかふかのベッドの上だった。


「気がついたかい?」

「…ヒソカ。」

「君、誰でも最初から立派なお母さんなんて居ないけどさ、無理心中でもするつもりだったの?」

「…ヒソカ、気付いてたの?」

「奇術師に不可能はないの♪」

「…。」

「なんてね。君から僕と似たオーラを感じるから、もしかしてと思って女医さんに裏取っただけ。僕の赤ちゃん、殺さないで?」

「でも、オレ、親になんてなれないよ…。」

「うーん、大丈夫♪」

「何が大丈夫なの?だって、オレは殺し屋だよ?子供なんて産める訳ないじゃん!」

「今の君、君のお母さんにそっくりだよ。」

「…あのヒステリックな母さんに?」

「うん♪女医さんに聞いたんだけど、今、君が苦しいのはホルモンバランスが崩れて、体や脳みそが追い付いていないからなんだってさ。つまり、ただの悪阻。」

「え、そうなの?」

「そうゆうこと♪」

「そっか…。オレ、どうにかなっちゃったのかと思ってた。」

「これからが大変さ♪可愛い赤ちゃんを産んでおくれ♪」

「うん。(ヒソカに似たら可愛くないと思うけど。)」





それから、二人でオレのお腹に手を当てて眠った。
ヒソカが予定日を聞いてきてくれていたけど、この子は来年の夏に生まれてくれるらしい。
キルも夏生まれ。
あと半月で来年になる。
才能を持った元気な子が生まれてくれるといいな。





END.
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でかしたイルミ。
メンタルにくる悪阻もあるらしいですね〜
イルミの場合は悪阻なんて跳ね除けそうなのを少し病んでもらいました。
次で終わりにする予定です。