Voi che sapete
スタスタとイルミが猫のように入ってきた。
勝手知ったるなんとやら…で、オレの部屋まで来る前に冷蔵庫を開けるイルミ。
「珍しい奴が来たものだな。」
「別に。気が向いただけ。それに…」
「…なんだ?」
「クロロのとこなら、甘いプリンがあるし。」
「なんだ。プリン目当てか。」
クロロの意味のない嫌味など気にも留めず、イルミはミネラルヲーターを持ってソファに座った。
今、クロロはいくつかあるヒソカのマンションのうちの1つに身を寄せている。
不定期に場所を変えているが、イルミにはヒソカから筒抜けなのであろう。
プリンを目当てにやってくる事もあれば、ジャポン語の本を読みに来ることもあった。
(イルミはジャポンが好きで、"ヘルシー"だと言って食べ物も和食が好きだし、ジャポン文化の忍術に関する書物を選んで読んでいる。)
「ふぅ…。」
イルミは何をするでもなく、ソファの上でため息をついた。
しかし、クロロは最近イルミの表情がなんとなくわかるようになってきていた。
("ご機嫌ななめ"…と。)
触らぬ神には祟りなし。その言葉のごとく、イルミの好きにさせて自分も好きな本を読んだ。
闇に紛れての仕事が多いクロロは夜型だが、イルミは昼夜関係ない仕事であるため時間の順応はしている。
とはいえ、眠るのが好きな彼なのでそのうち眠るだろうとクロロは思っていた。
案の定、ソファの肘かけを枕にイルミは目を閉じた。
(いつもはあんなに気持ち良さそうなのに…。)
いつもの寝顔より暗い感じ。…といった曖昧な感じだが、クロロはイルミの表情の変化を読み取っていた。
_少しでもその苦しみを取り除いてやりたい…
その思いで、イルミの閉じた瞳に口づけしようと顔を近づけた。
「…なに?」
「いや。…なんでも。」
「オレにキスとかしたいならお金払って。」
「イルミは売春婦じゃないだろ。」
念の使えないクロロは何でもないような体を取りつくろう事しかできなかった。
本当は、イルミの心を穏やかにしてやることもできない自分が悔しかった。
「お腹空いた。」
心を穏やかにしてやるどころか、まだまだイルミの心は読めない。
"腹が減っていたからご機嫌ななめなのだろう"と自分の中で結論付けて、プリンを取りに行く。
「違う。ジャポン料理が食べたい。」
「ヘルシーなやつか。」
「そう。」
"珍しく会話が成立した。"そんな小さな喜びを噛みしめながら、自分より大きな黒猫の話を根気強く聞く。
ポテトとキャロットとオニオンとポークの煮もの。
イルミはレシピ本も読むのだが、料理名を覚えていないのが常なので、調理工程や材料を事細かに打ち合わせする必要がある。
クロロもたまには異文化料理の本も読むが、よく読む本とは違って、"何がどこに書いてあった"までは把握していないのだ。
「ポークがないな。買い物に行こうか。」
「オレも行くの?」
「報酬にジャポンの本を好きなのやるよ。」
「盗ってきた報酬なんていらないよ。」
なにか言いながらも、ついて来て周りに快楽殺人鬼などが居ないか、なんとなく気配りをしてくれるイルミだ。
イルミ曰く、「下の子を危険にさらさないようにしていた癖」だそうだ。
無事に買い物を終え、マンションのキッチンに男二人で立つ。
いつも、イルミがなんとなく覚えているレシピに頼るしかないので、"味は絶望的"だと思われそうだが、
味見をしながら進めるイルミの料理は外れがほとんどなかった。
「この調味料、ジャポン語書いてあるけど、ジャポンの"ダシ"でいいのかな?」
「ああ、おそらくそうだろうな。こんな物まで揃えるなんてヒソカも面倒見いいよな。」
その瞬間、部屋が一瞬鋭いオーラになった気がした。
あくまで、念の使えないクロロは"そんな気がした"としか言えないのだが、針を操るイルミらしいオーラだった。
そのオーラもすぐに止み、ジャポン語の調味料の味見をするイルミのチロッと出した舌に、またキスをしたくなるクロロだった。
そうして出来た煮物はライスに良く合うおかずだった。
オーラこそすぐに止めたものの、イルミの機嫌は目に見えて悪かった。
(と言っても、普段彼と接しない人間には分からないポーカーフェイスだったが。)
「イルミ。」
「…何。」
やれやれ。そう思って、クロロは口を開いた。
「ヒソカと喧嘩でもしたのか?」
"ヒソカ"その単語を発すると、イルミのオーラが現れるような気がした。
気がしただけだが。
「あいつは意味が分からない奇術師だからね。」
また、イルミの話を根気強く聞く場面となった。
「最近、"どこにも行くな"とか、"僕の物だ"とか、いろんな事を言ってオレの事を制限しようとしてくるんだ。」
「大金持ちの変態社長とかにも同じ事言うやつが居て、その時は殺してやったんだけど、ヒソカは殺そうと思わないんだ。」
「オレのやることなんてオレが決めるべきで、誰かにどうこう言われるのは仕事の時だけだと思ってるのに、なんでかな…嫌じゃない。」
イルミは大体こんな感じの事を食べながらポツリポツリと喋った。
「そうか。」
そこまで聞いて、クロロは胸の奥が締め付けられる思いをしながら答えた。
「それはきっと、イルミはヒソカが好きなんだ。」
「?」
「自覚がないんだろうけど、見ているとそんな感じがする。」
「ねぇ、好きって何?」
「イルミは弟が好きじゃないのか?」
「キルは好きだけど、キルとヒソカは違うよ?」
「…オレが悪かった。
…ジャポンも好きだな?」
「うん。」
「そうだな…他の事より、他の人より気に入っているという事だな。感情の言語化もそんなに得意じゃないが、こんなところだろう。」
「………。」
「イルミは…オレよりヒソカと一緒に居る方が、良い顔している。」
「イルミがそう感じてないだけで、そうなんだ。」
「クロロ?」
「分かったら行け。オレがお前を抱きしめる前に。」
「…分かった気はしないけど、クロロが"出て行け"って言うのなら帰るよ。」
「…ああ。」
イルミは無言で、来た時と同じように静かに出て行った。
クロロの胸は苦しいまま、それどころか締め付けを増していくようだった。
"鎖野郎の念のせい"そうしたかったが、瞳からあふれるものは止まらない。
END.
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ヒソイル前提のクロイルです。
「イルミが受け」という頭しかない私にはイルクロ難しかったです(>_<)
精進し直してきます。
このクロロ切なすぎ。
Voi che sapeteは日本人の耳にも馴染んだモーツァルトのメロディがついたアリアです。
恋の悩みを語る曲は、古い言葉でも誰しもが共感できる詩だと思います。