Ombra mai fu
さわさわさわ…と、葉の擦れる音が辺りに響いた。
風は強い訳ではなく、適度に頬を撫でるように流れていた。
今日のパドキアの気候は温暖で、雲も少ない。
ククルーマウンテンも例外ではなく、穏やかな日だった。
それに反して、イルミは不安と焦燥感をどうして良いものか分からず、お気に入りの木の上で携帯を片手にぼやぼやしていた。
もぅ14日、ヒソカと連絡が取れない。
いつも私的な内容でのメールに返事をしないのは自分であったはずなのに、相手から来ないとなると別で、ストレスを感じていた。
14日前、気まぐれにヒソカにメールをした。
ほんの少しだけ会いたくなったのである。
いつもなら、メールが来るのを知っていたかのようにすぐに返事がくるのに、今回は向こうからのメールが一切ないままだった。
「止ーめた。」
イルミはなるべく考えないように過ごすことにした。
部屋に朝食を運ばせ、お茶のおかわりをしてから仕事にでかけた。
仕事中は集中すれば、他の事を忘れられる。
しかし、仕事が終わり、パラパラと雨が降り出すと、寂しい気分が募り、家に居たくないという気持ちでいっぱいだった。
"仕事先で泊まる"と連絡さえすれば、簡単に家に帰らず済むのだが、一人で居たい訳でもないし、洗った髪の毛を自分で乾かすのが面倒だった。
「…で、オレのところに来たのは?」
「チョコレートが食べたい。」
「会話をしてくれ、イルミ。」
「クロロは何が食べたい?」
「オレの部屋はレストランじゃないんだが。」
_そう言えば、仕事先の近くだった。
と思い出した、もう一人の友人。
頼られた方は、愛しい相手に嬉しさ半分、戸惑い半分。
「そう言えば1週間くらいシリアルしか食べていないな…イルミ、買い物に行かないか?」
「オレはお金出さないよ。」
「分かってるさ。」
念の使えないクロロに付き添うのは、ヒソカとイルミの間では暗黙の了解となっていた。
食料もヒソカが適当に用意していた物を食べていたが、本に熱中すると止まらないクロロは、その間の食事や睡眠も疎かになる。
冷蔵庫の中身は残り少なくなったマヨネーズと、マスタードのみだった。
突然の外出になったが、イルミと二人で出歩くなんて滅多にない。
そのチャンスにクロロは喜びを隠せなかった。
ポーカーフェイスを装おうとしているが、口元が嬉しそうに歪んでいる。
イルミはクロロが何故そんな表情になっているのか、「?」のマークを浮かべながら横目で見ていた。
輸入品も扱うスーパーでクロロは、イルミの好きそうな=甘そうな、ベルジョ産のホワイトチョコレートを見つけた。
ついついポケットに仕舞うが、犯罪が好きな訳ではないイルミが窘める。
「盗った物なんていらないって言っただろ。」
「や…つい、な。」
ため息をつくイルミ。
_そう言えばキルも、初めての買い物でチョコレート菓子の袋をその場で開けてしまったっけ…
ヒソカはあんなに頭悪そうなのに、絶対盗らないんだよなぁ…
結局、イルミが全て支払い、店を後にした。
キッチンで卵を割る時も、イルミが隣に居るのを意識したクロロは上手く割れない。
一時的とは言え、滞在する家なのに何がどこにあるか把握していないクロロ。
本にまみれて文字通り「本の虫」。
「この半熟加減、旨い。また腕を上げたんじゃないか?」
「…誰かさんが料理しないおかげでね。」
イルミのマイブームの"親子丼"と、ベビーリーフのサラダを適当に用意して(イルミは食卓が多国籍なのは気にしない)、食後に紅茶を飲む。
_紅茶の葉が開ききってない…
イルミは"まさか"と思い、コーヒーを口にしているクロロの膝に跨り、キスをしてみた。
「…っ!…急にどうした?」
「やっぱり違う。」
「へ?」
「どうして舐めてくれないの?」
「な、舐める?」
「キスの時は舐めるのが普通なんでしょ?」
_ヒソカの奴、何を教え込んだんだ。
そうごちながらも、これは良いチャンスだとばかりにイルミの言うとおり、キスをして唇を舐めてやった。
「…違う。」
「ん?こうじゃないのか?」
「こうするんだよ。」
すると、イルミから深く口づけてきた。
舌を舌で絡め取り、軽く吸って緩急をつける。
息つぎをする時はわざと呼吸の音を立てて、官能的に。
「…っ!ぷはぁ…!イ…ルミ…。」
「…はっ…分かった?」
「お前がこんなに、情熱的だとは思わなかったな。」
ふと、イルミの瞳を見ると、潤んでいつもの漆黒の闇が揺らいで見えた。
ほのかの蒸気した頬と、この体制に、クロロのスイッチが入らない訳がなかった。
「オレと寝ないか?」
「もぅ寝るの?」
「…オレの上に座ってるんだから、オレが何をしたいのかくらい分かるだろう?」
イルミの相変わらずの反応に、いささか悲しくなったが、それでもクロロの熱は冷めなかった。
優しくイルミの長く美しい髪を梳いてやり、おでこ、瞼、頬、耳、首筋にキスを落としていく。
クロロの首に回っていた腕が降りて、背中に手を回すものだから、クロロの興奮は止まらない。
愛おしく、大切で、自分のものにしたい。
けど、遠くて、思い通りにならない。
ずっとそう感じてきたイルミが、今、自分の膝の上で大人しく抱かれている。
イルミが声を出したわけでもないのに、クロロははち切れる寸前だった。
思わずクロロが強く抱きしめた時、イルミの携帯が震えた。
「!」
あっという間に腕を抜け出すイルミに、クロロはこの熱をどうしたものか、とイルミを見つめる。
イルミは携帯の画面を見つめながら切ないような顔をした。
「…こっちに来い、イルミ。」
「シールの機械からだった。」
「メールなんて見なくてもいいだろう。」
近づいて、再びイルミに触れたが、するりと避けられる。
「オレ、帰るね。」
「…え…。」
体の火照ったクロロを置いて、イルミは部屋を後にした。
クロロは熱を帯びたまま、茫然とするしかなかった。
_やっぱり、ヒソカとクロロは違う。
ヒソカはいつも何でもしてくれるし、何でも買ってくれる。
ヒソカは体が浮かび上がるようなキスやセックスをくれる。
何より、あの大きな手…。
ヒソカとは、一緒に料理をするのも悪くない。
ヒソカになら、どこを触られても嫌じゃない。
クロロは何も分かってない。
実際、髪を撫でる行為1つ取っても、ヒソカとクロロのそれは全く別の物だった。
クロロは髪を梳いてから、少し手に取り指で髪の感触を楽しんでいる。
しかし、ヒソカは指の柔らかいところに少しだけ力を入れて、髪全体を持ち上げて髪も頭も愛撫する。
_オレはクロロの愛玩ペットじゃない。
イルミの体中が、ヒソカを求めていた。
_早く撫でてよ、早くキスしてよ。
しかし連絡が取れない。
イルミは途方に暮れ、飛行船の中で悶々と眠れない夜を過ごし、明け方、家に到着した。
朝の4時だと言うのに起きていたゴトーに出迎えられ、食事は、と聞かれるが必要ないと答え、下がらせる。
自分の部屋に入り、目を疑った。
「やぁ♪」
「…ヒソカ。」
携帯を街中で落としたのにしばらく気付かず、連絡を取りたいと思った頃には1週間は経過していたと言う。
当たり前だが、何万ジェニーという額が使われており、解約してすぐに新しいものにし、その番号を伝えるためにお昼頃から待っていた…と。
「パドキアで買ったから、国内番号一緒だよ♪」
「まだ?」
イルミはヒソカの膝の上に座り、今か今かと待っていた。
「はい、お姫様♪」
END.
***裏話***
「オレの携帯、ヒソカと家族か、シールの機械からしかメール来ない。」
「…プリクラの機械かい?」
「他のメール見るのに邪魔なんだよね。」
「削除したらいいじゃないか♪」
「え、メールって消せるの?」
「♪」
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ヒソイル前提イルクロイルでした。
クロロが可哀相過ぎるけど、旅団のCDの時からクロロのイメージこんな感じです。
Ombra mai fuとは、「愛おしい木陰」だか(←)という意味の曲名なのですが、
”最初にイルミが居た木陰と、イルミにとって安らぎを与えてくれる木陰→ヒソカ”
…でいいですかね。←
かっぱお様へ、相互リンク記念に捧げます。