les hoffmann




土曜日の夕方18時。
ヒソカはとあるホールを訪れていた。

"森の音楽会 第5回公演"
と書かれた看板が立てかけてあり、目的の会場は広いホールの中でも一番大きいものですぐに分かった。

ヒソカは元々、音楽に興味を持っていた訳ではない。
カフェや書店に入った時にかかっているBGMを聴く程度で、持っているCDもない。
ヒソカの目的は射中の彼だった。





_1週間前


「今日は仕事休みなんだろう?まだ眠っていてもいいよ。」


昨夜の情事の激しさが分かるシーツの中から顔を出したイルミに、ヒソカは優しく声をかけた。


「そうしたいんだけど、練習があるんだよね。」

「練習?」

「歌さ。」

「…歌?君、歌なんて習ってるのかい?」

「仕事自体は休みだけど、これも仕事のうちだからね。」


要領の得ないイルミの話を根気強く聞いてみると、なんと1週間後のコンサートで舞台に上がると言う。

演奏家はコネクションかお金のどちらかは有り余るほど持っているものだ。
その中で拗れた団員同士の関係者から、"最近、調子に乗りすぎているテノール歌手を殺してほしい"という依頼があった。
大金持ちの彼を妬む関係者は多かった。
依頼金は彼の被害に遭った人々のカンパで集めたそうだ。
リムジンで移動し、常にSPの着いて回る彼を殺すのに、イルミは本番の舞台を選んだのだ。


「そんな面倒な事しなくても、練習中に殺せるんじゃないの?」

「オレ、オペラとか小さい頃から見てて嫌いじゃないんだよね。」

「♪」


オペラの「お」の字も知らなかったヒソカは、イルミからなんとなくオペラの話を聞き、
能面を付けたような彼が演技をして、女装もすると聞いた瞬間、イルミが残していたチケットノルマのほとんどを買い取った。





演目は「ホフマン物語」。
たくさんの恋に落ちる男の話だ。

イルミは、そのホフマンが最初に恋に落ちる人形の役だと言う。
もちろん、その主人公のホフマンがターゲットだ。

ヒソカは一番良いクラスの席に陣取り、オペラグラスまで揃えた。
_あのイルミが演技だなんて、一体何をするのだろう。
そう思うとゾクゾクするのだった。

本ベルが鳴り、幕が開ける。

イルミからなんとなくの話が聞いていたが、登場人物が多くてヒソカは眠くなった。
それでも、"結構最初の方に出てくるよ"というので、すぐに寝てしまう訳にはいかない。

原語のフランチェ語での上演なので、上に字幕が出ている。
その字幕に"第1幕"と出た。
ターゲットの男が、人形を動かす科学者に弟子入りしている。
字幕に「人形」という単語が出て、ヒソカはすっかりワクワクしていた。

いよいよ、物語の中で人形のお披露目のシーンとなった。


♪ジャジャーン


いかにも何かが現れそうな音楽とともに、イルミが物語上と実際の聴衆の前に現れた。
すると、イルミのその美しさに会場から「ほぅ…」とため息がもれた。

フルートの軽やかなメロディーとともに、イルミが目を開ける。
そして、人形のような動きを始めた。


「・・・・・。」


その瞬間、ヒソカは正直がっかりした。
イルミのいろんな表情が見られると思ったからだ。
いつもより膨らんだ胸も女装もお金さえ払えばやってくれるのである。
_帰ろうか。
そう思った時だった。


「♪〜」


果たしてどんなマジックだろうか。
普段の彼からは想像できないほど美しい、鈴の音のような声と歌が会場に響き渡った。

(イルミって…こんなに歌うまかったんだ…)

驚きを隠せないヒソカ。
メロディーはコロコロと転がり、時に陽気に、時に悲しげに…
字幕には、"お聞き、オランピアの歌を…"と出ている。

イルミは相変わらず人形のような動きをしているが、これもまた普段見られない動きであって愛らしかった。

歌が終わると、会場中が立ちあがり、スタンディングオベーションの嵐となった。

イルミは、ちょこん。と可愛いお辞儀をする。

ようやく静まった聴衆を見て、マエストロが棒を再び振り始めた。
ヒソカは舞台の上のイルミに釘付けであった。

物語上では、色眼鏡をかけると人形も本物の人間に見えているという設定だ。
ターゲットの男もイルミに夢中になり、手にキスをしようとしたり、どうにか近づこうとしたり苦戦している。
ヒソカはむっとした。

そして、ついにターゲットはイルミと二人きりとなった。

"僕のことを愛してくれるかい?"

"はい。"

ぶちっ。


物語では、この後に人形が壊れ、色眼鏡をかけた主人公がギャラリーにバカにされて1幕は閉じるのだが、イルミがまさに針を刺そうとした瞬間。
イルミ以外には分からない早さでトランプが飛んできた。

ターゲットは倒れ、会場は騒然となった。





「…ちょっと。オレの仕事の邪魔しないでくれる?」

「………。」

「聞いてるの?」


ヒソカは黙って、衣装のままのイルミの腕をひっぱり、人目のつかないところに来た。


「ねぇ、なんなの?」


怒るイルミを他所にヒソカもキッとイルミを睨んだ。


「僕以外の男に口説かれてOKしないでよ。」

「………。」


イルミは呆れてものが言えなかった。


「なにそれ?」


イルミは正直、"嫉妬"という感情があまり分からなかった。
兄弟間での嫉妬なら経験あるが、こと恋愛に関してはほとんどヒソカ相手が初めてである。
ヒソカもそんなイルミの生い立ちを分かっているつもりではあったが、自分の執着心の強さが理性をさらって行ってしまった。
ただの路地裏だが、イルミの衣装を破っていく。


「ヒソカ?何してんの?…ねぇ?」


ヒソカはイルミの問いには答えず、イルミの肌を味わった。
今だけは高めなイルミの声が愛らしくて興奮材料にはもってこいだった。


「んん…ひそ…あっ…ここじゃ嫌だよ…。」

「僕も嫌だったよ。」

「オレ、仕事してたぁっ…だけ…。
 ねぇ、オレ今は女だし、んっ…二人きりのところがいいよ。」

「ね…ヒソカぁ…おねがい…」


また、ヒソカの頭の奥で何かが切れるような音がした。


「僕だけに我慢させる奴なんて、君だけだよ♪」


そう言うと、誰も居ないビルの屋上に上がった。


「…ここで?」

「うん。僕もぅ我慢できない。」


ヒソカは見せつけるように、イルミのお腹に腰を押しつけた。


「…バカ。」

「僕だけのイルミなんだからね♪」





_オレがずっと舞台からヒソカ見てたのなんて知らない癖に。





**************************

「ねぇ、イルミってお歌上手なんだね♪僕の前だけで歌ってよ♪」

「ああ、あれはCDだよ。」

「え」

「CD覚えて、針で声帯だけ操作しただけ。」

「(´・ω・`)」





END.
***********************************************************************************
昨日の本番中に思いついた話です。
イルミの操作なら歌も歌えるはず。
堂々と女体化でスミマセン。