Bimba




ふにゃふにゃ…


キルアとゴンは、そんな泣き声を聞いて目を覚ました。
そして、二人同時に声の発信者を見、その後すぐに顔を見合わせた。


「ねぇ、この子いつからここに居たのかな?」

「そこ!?まず、どうしてここに赤ん坊が居るんだよ!」

「そうだね…。オレ、産んでないし。」

「そりゃそうだ。オレだってどんなに念の修行しても産める気しねぇよ。」


「うわぁぁぁん!」


二人が話す中、どこから来たのかも分からない子供は泣き声を上げるばかり。
ゴンが抱き上げるが、手つきが覚束ない。
赤ん坊は泣き続け、「貸してみろ」とキルアが抱くが、それも頼りない手つきだった。

それもそのはずで、ゴンは自分の他の子供は一人しか知らないで育ったし、
キルアは弟も居るが自分が王子様のように育ったので遊んでやる以外に面倒を見たことなどない。
寝起きで頭の回転しない二人は、"とにかく泣き止ませよう"と意見を合わせた。

「おむつが濡れているのではないか」とキルアが提案すると、「そう言えば臭いがする」とゴンも気付いた。
処理をしてあげたは良いものの、おむつなど二人の住むマンションにはない。
"風邪をひかないように"とタオルで代用することにし、着ていた服を着せるが、しばらくすると赤ん坊はまた泣き出してしまった。


「今度はミルクかなぁ?」

「おそらくなぁ…。でも、こいつミルクでいいのか?」

「え、どういうこと?」

「確か、カルトがこれくらいん時、リゾットの柔らかいやつみてぇなの食ってた気がする。」

「リゾットかぁ…。」


二人は全くと言って良い程料理をしない。
いつも外食かお弁当などで済ませていた。
まず、一緒に住んではいるが、二人がマンションに揃う事も今ではなかなかなく、昨夜1週間ぶりに顔を合わせ、体を重ねたばかりだった。
お互い、ハンターの仕事のために離れた時期もあったが、
3年ぶりに再会してから気持ちに歯止めが利かなくなり、"会える時間は少しでも多く"と半年前に同棲を始めたのだ。
広い家に執事を雇える金ならあったが、キルアの方がそんな暮らしに飽きていたので洗濯や掃除を代わる代わるこなしながら現在に至る。


「オレ、何か探してくるよ。ゴンは赤ん坊見ててくれ。」

「うん、分かった。いってらっしゃい。」

「おう!」


キルアが赤ん坊の食べられそうな物を探しに行っている間、ゴンは抱き方の研究をしてみるがどうもしっくりこない。
赤ん坊は泣くばかりで、ゴンも最初は「よしよし」とあやしていたが、言葉の分からない赤ん坊相手に途方に暮れるしかなかった。





ようやくキルアがイタリー料理店に無理を言ってリゾットをテイクアウトして来たが、赤ん坊は口に入れてやっても吐き出しては泣くばかり。


「…しゃあねぇ。育児のプロに聞くか。」

「育児のプロ?」

「あいつに頼るのも癪だけど、いちいち調べてらんねぇしな。」

「?」


ゴンが不思議そうに見守る中、キルアは携帯を取り出した。


『もしもし?』

「よぉ、イル兄。久しぶり。」


"イルミ"と聞いて驚いたゴンだが、一瞬後で「なるほど」と思った。
12歳年の離れたキルアを教育して来た彼なら、赤ん坊の事が何か分かるかも知れない。


『キルから電話なんて何年ぶりだろうね。…元気かい?』

「ああ、ぼちぼちな。兄貴も元気そうで何よりだよ。」

『キル…う、うう…キルが、オレの健康を心配してくれる日が来るなんて…うう』

「ち…そんな事で泣くなよ兄貴…。それよりちょっと助けてくれよ。」

『?』


"イルミも泣くんだ"と思ったゴンを他所に、キルアは赤ん坊の世話の仕方を伺った。
ミルクと離乳食の移行期であるかもしれない事、何故リゾットを買いに行っておむつを買わなかったのか、
など、イルミは具体的なアドバイスをしてくれた。
歪んではいるものの、教育に関してはやはりプロのようだった。


『オレ、今ジャポンに居るけど、キルはどこに居るの?』

「ああ、オレらもアジエンに居るよ。」

『そんなに困ってるなら、お兄ちゃん行ってあげようか?』

「いっ!?いや、それは…その…。」

「いいんじゃない?オレは助かるなぁ。」

「ゴン!」

『ゴン?ゴンも一緒に居るの?』


"ばれちまったじゃねぇか!"という顔をするキルアに対して、
ゴンは冷静に「一緒に暮らしてるんだから、お兄さんにも挨拶しなきゃね」と返した。





3時間後。
イルミが到着する頃には、赤ん坊は泣き疲れて眠っていた。


「5カ月くらいかな…。それにしては移行期がちょっと遅いな。」

「すごいねイルミ!見ただけで分かるの?」

「そりゃあ、下に4人も居ればね。」

「イルミはその辺の迷子とかも拾っては、いちいち面倒見ちゃうからね♪」

「意外と優しいんだね!」

「…って、なんでお前まで来るんだよ!?」

自然と景色に溶け込もうとしているが、昔と何一つ変わらない、いつもの目立つ服でやってきたヒソカは何よりも目立って居た。
「友達はいらない」と言っていたイルミだったが、恋人は必要なようで、赤ん坊を片腕にヒソカも操ってお湯を沸かさせ、ゴンの話の相手をして居る。
女王様のような性格は相変わらずなようだった。
キルアは、"久しぶりのゴンとの休日がどうしてこうなったのか"と頭痛を感じていた。


「イルミ、お湯沸いたよ♪」

「じゃあ、ヒソカ抱っこしてて。」


二人の手つきは鮮やかで、迷子の効果かヒソカも赤ん坊の抱き方は手慣れた感じで、イルミは目分量で粉ミルクを作っている。
眠っている赤ん坊に哺乳瓶を咥えさせ、静かに傾けると赤ん坊は眠りながら飲んでいるようだった。
どれくらいの間、お腹に何も入れて居なかったのかまでは分からないイルミも、ヒソカとキルアにしか分からない安心したような顔を見せた。
しかし、ハンター試験の頃より幾分穏やかなイルミのオーラにゴンも安心しきっていた。


「ねぇ、二人にも子供が居るの?」


ゴンの唐突な質問に、部屋が静まりかえった。


「ゴンは相変わらず可愛いなぁ♪僕たち…「ゴン、オレもヒソカも男なの知ってた?」

「知ってるけど、なんか慣れてるなぁ〜と思って!」

「"二人には"って事は、この子は君とキルの子なの?」


頭の痛いキルアは既にリタイアし、ベッドで横になっていたため、ゴンが苦手な説明をした。
突然やって来た赤ん坊。
と聞いて、イルミが抱いていた赤ん坊を落とし、ヒソカが受け止めた。


「い、イルミ!?」

「どうしたんだい、イルミ?」

「突然、赤ん坊をどこかに飛ばす念能力なんてないだろ?この子、宇宙人かもしれない。」


そう言いながら、イルミは瞬きをせずに小刻みに震えている。


「イルミ〜宇宙人なんて…「大丈夫!今のイルミの方が宇宙人みたいだよ!」

ゴンの発言を聞いたイルミは何故かそれで納得し、お腹の満ちた赤ん坊をさすって可愛いゲップをさせてからキルアの隣に寝かせた。


「キル、今でも寝ぞう悪い?」

「ん〜ん、昔と比べたら全然!」

「…やっぱりキルの隣じゃ危ないかな。」

「いつも"キル、キル"って言ってる割には酷いねイルミ。」

「ヒソカはキルアの寝ぞう知らないから、そう言えるんだよ〜」

「そうなのかい?ゴン♪」

「オレも寝るから、夜になったら起こして。」


夜になったら寝るんだよイルミ?と言うヒソカの言葉を華麗に無視して、
赤ん坊を抱きながらキルアの隣で寝息を立て始めたイルミを見守り、ヒソカとゴンは組手を始めた。
"部屋を散らかすと、ゾルディック兄弟に怒られる"とリビングの家具を全て兄弟の眠っている寝室に運び、
広くなったスペースで相手の攻防力を感じながら行った。
しかし、数年ぶりに感じた、研ぎ澄まされたゴンの念の力にヒソカはあっという間に魅せられ、
本気で青い果実を壊したくなるのを我慢できないでいた。
ヒソカの強い念がピシッと音を立ててゴンの頬に当たる。
ゴンもヒソカの洗練された念に気合いが入った。
二人同時に相手に向かって行った瞬間、イルミの針とキルアの電流がそれぞれの恋人に飛んできた。


「二人で何してる訳?」

「ヒソカの殺気がこっちまで飛んできてうぜぇよ!」


ゴンとヒソカの出した念によって、部屋のカーテンが焦げ、照明もショートしていた。





夕方まで兄弟は赤ん坊を連れて散歩に出かけ、ヒソカとゴンは部屋を修復する作業に追われた。


「そう言えば、夕飯どうする?」

「赤ちゃん居て大変だし、お弁当にしようか?」

「「え?」」

「「ん?」」

「キル、オレにお弁当なんて食べさせる気?」

「君たち、ご飯作らないのかい?」

アダルト二人から一度に質問されたが、二人は自分たちの料理に対する不甲斐無さを説明する訳にもいかず、
上手い具合に「二人は料理が上手いのか?」という話に持って行った。
"この大きさの赤ん坊にミルクだけでは栄養が足りない"とイルミが離乳食を、ヒソカが4人の食事を担当することになった。
しかし、二人が台所に立った瞬間にゴンとキルアが使ったことがないのがバレて、
イルミから「ちゃんとした物を食べるように」と説教をされ、その間ヒソカが買い出しに行った。

イルミは「葉っぱ2、3枚にお湯沸かすのはバカらしい」と電子レンジでホウレンソウを加熱し、
フードプロセッサーでとろみをつける小麦粉とお米、粉ミルクと塩で離乳食を作り、
ヒソカはイルミの好きな生卵を絡ませたスキヤキ風の煮ものと、
どこから手に入れたのかハンペンという物の炙りをあっという間に完成させた。

イルミが離乳食を食べさせると、案の定、赤ん坊は吐き出した。
ゴンは見ていて、"自分の作った物を吐き出されたら、いくらなんでもイルミは怒るのではないか"と冷や冷やした。
…が、思いのほかイルミは落ちついていた。
それどころか、「味はそんなにないけど、美味しいよ」と言葉を掛けていた。
それがゴンには不思議だった。
キルアには自分の想いが届かなくてあんなに執着していたのに…。

ゴンの視線に気づいたイルミは何でもないかのように答えた。
「赤ちゃんが初めて固形物を食べたら、吐き出すのが当たり前だよ」そう言って、また赤ん坊に話しかけながら少しずつ食べさせて居る。


「ゴン、早く食おうぜ!ヒソカ、毒とか媚薬とか入れてねぇよな!?」

「人聞きの悪いこと言わないでくれよ♪」

「オレ、イルミ待ってるから、先に食べなよキルア!」

「あ?ああ…。」


ゴンもイルミも赤ん坊の美味しそうに食べる可愛い表情に夢中だった。
(そう言えば、コンも小さい頃があったっけ…)
キルアとヒソカは、そんな二人の母性的な表情に見入っていた。

ヒソカの料理は冷めてもなお美味しかった。
無事に食事も終わり、イルミは赤ん坊を風呂に入れて寝かしつけたら帰ると言う。
「今日は休みだったけど、明日の夕方にはテデスコで仕事だからね」そう言うのを見て、ゴンは寂しく思った。
明日からは、キルアと二人でこの子の面倒を見て行かなければならない。
"分からない事は今のうちに聞いておこう"そう思うが、何が分からないかも分からないゴンだった。


「ヒソカはお風呂に入れるのは初めてだよね?」

「もちろん♪」

「あ、待って、オレにやらせて?」

「ゴン、まずは兄貴の見てた方がいいって。」

「だって、明日からオレとキルアしか居ないんだよ?」

「…そうだね。ゴン、この子はもぅ首が座ってるけど、まだ自分では座れないから首と頭を支えてお湯をゆっくりかけてあげて。」

「分かった!」


イルミに教えられながら、その知識を吸収しようとするゴンの姿に、いつの間にかキルアも「この子の面倒を見て行こう」という気持ちが湧いた。
ヒソカもいつも以上に母親のようなイルミを見て、柄にもなく"子供が欲しい"などと考えていた。

赤ん坊は幸せそうな表情を浮かべ、朝にあんなに泣いていたのが嘘のようだった。





「寝かしつけとくから、みんなはTVでも見てなよ。」


そうイルミが言うと、キルアが恥ずかしそうに申し出た。


「オレも、たまには役に立たないとな。」

「オレだって、赤ちゃん見てたいよ〜」

「僕はみんな見てたいなぁ♪」


ヒソカは邪魔だから。と追い出されたが、次の日から面倒を見なければならないゴンとキルアは、二人の部屋なのだが寝室への入室の許可を貰った。

ゴンもキルアもすっかり赤ん坊にメロメロで、いないいないばぁをしたり、変な顔をして見せたりと張り切っている。
イルミはそんな二人をいつものポーカーフェイスで見守っていたが、そろそろ…と寝かせる体制に入る。
先ほどのように、イルミが赤ん坊を抱きながら横になり、キルアが赤ん坊を挟んで横になった。
ゴンはキルアの上に寄り添いながら、赤ん坊を覗き込んでいる。


「ん〜んんん〜♪ん〜んんん〜♪」


イルミが鼻歌を歌いながら赤ん坊の肩を優しく叩くと、赤ん坊はみるみるうちに眠りについた。
ふと顔を上げると、子供の頃を思い出したのかキルアも眠っており、それに気付いたゴンと目が合った。


「イルミ。オレ、何だかイルミのこと誤解してたよ。」

「?」

「本当にキルアが好きなんだね。」

「…ゴンには負けないよ。」


ゴンとイルミが視線で会話していると、その静けさを破ってヒソカが入室してきた。


「僕も混ぜておくれよ〜♪」

「うるさい。」


ヒソカがイルミの肩に手を置いた時だった。


スッ…


と赤ん坊が消えたのである。
それを見たイルミは念が感じられない事に青褪めて泡を吹き、ヒソカも「不思議だねぇ」と言い残し、イルミを抱いて帰って行った。

ゴンはキルアを起こして事実を告げるのも忘れ、自分が産んだ訳でも、一日世話した訳でもないのに喪失感に襲われていた。

この赤ん坊が、アジエン大陸に伝わる子宝に恵まれるカップルの元に訪れる精霊であることは、ずっと後になって分かった事だった。





END.
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ゴンとイルミ中心で書いてみました。
自分が子供欲しいからか、彼らにも子育てしてほしいと妄想してしまいます。

作中に出てくる”テデスコ”はイタリア語でドイツの事です。
また、タイトルのBimbaは「女の子の赤ちゃん」という意味ですが、この赤ちゃんは精霊なので性別不詳です。

イルミ子育てプロ説を唱え続けます←