6.6





(一体、どうしてこんなことに…)


事の始まりは1週間前。
1通のメールからだった。


「来週の水曜日、暇ならうちにおいでよ。」


送り主はイルミ=ゾルディック。
世界で最も有名な殺し屋一族の長男である。


「喜んで行くよ♪」


そう返事して、パドキア共和国までの最短ルートを飛行船に入力し、約束の夜までイルミが子供の頃から過ごしてきたであろう、
ククルーマウンテン麓の町で温泉に浸かったり、地元のワインを飲んだりしてヒソカも久しぶりにゆっくりした。

温泉はあらゆる傷に治癒を促す効果があるという。
(去年の今ごろだったかなぁ…。両手を切断したのは。)
すっかり治った傷を思い返しながら、なんとなく肩まで入念に浸かってみるヒソカだった。





そして約束の水曜日。
イルミは詳しい自宅の場所を言わなかったが、麓で過ごすうちに観光バスで近くまで行ける事を知ったので、それを利用した。

「ここから先はゾルディック家の私有地となっておりまぁす♪」

そう告げるバスガイドの横を通り過ぎ、一人バスを離れた。
騒然となる観光客を気にすることもなく、ヒソカは守衛であろうおじいさんに話しかけた。


「僕、イルミに呼ばれて来たんだけど、入ってもいいかい?」

「ええ、イルミ様のお客様ですね。執事から伺っております。"門を全て開ける事ができればお通ししなさい"との事です。」

「ああ、そう言えば、"開けるの大変な門だ"ってイルミが言ってた気がするよ。」

「いやぁ、最近はキルア坊ちゃまのご友人が来たり、イルミ様のお客様が来たり、にぎやかで嬉しいですよ。」

「そう、あの子も…。これからは頻繁に来るかも♪」

「ええ、ええ、楽しみにしております。」


ゼブロと一通り世間話をして、ヒソカは軽々と門を開けて入った。
その後、観光客の中から力自慢の者が門を開けようと試みるも、ビクともしない事に一層ざわめいたゾルディック家の正門前だった。

門を開けるとすぐに、大きな犬が居た。

(これが噂の…)

名前は思い出せないが、イルミの好きな犬であることは確かだった。
少し匂いを嗅がれ、獣ながらどっしりとした風格に、ヒソカは敬意を示しお辞儀をした。
ヒソカはせっかくなのでゆっくり山登りをしようと思ったのだが、さっぱり変わり映えのしない山道に、毒を持っているであろう草花を見るのに飽きて走ることにした。





すると、なかなか良いオーラの持ち主を見つけた。


「ヒソカ様ですね。執事のゴトーと申します。」

「そう。はじめまして、イルミはどこ?」

「はい。イルミ様はまず、"屋敷の客間に案内して欲しい"とおっしゃっておりましたので、そちらまでご案内させて頂きます。」

「助かるよ。…君、なかなか強そうだね♪」

「…恐れ入ります。」

二人の間に一瞬不穏な空気が流れたが、イルミの事を思い出したヒソカが先を促し、屋敷まで無事に着くことができた。





一歩中に入ると、殺し屋のアジトというより、"今までイルミの仕事の手伝いで侵入した屋敷の何倍豪華なのだろうか"といった、大理石で囲まれた玄関、
アンティークの装飾品、意外にも季節の物があしらわれた大きな花瓶、そして大きなダイヤの散りばめられたシャンデリアに迎えられた。
ヒソカはそれ以上に、この廊下のずっと先であろう部屋から洩れるオーラを敏感に感じ取り、「美味しそうだ…」と舌なめずりをした。

「ヒソカ様、こちらでございます。」

通された客間もどこにも負けず劣らず清潔に保たれ、ヒソカは柔らか過ぎない座り心地の良いソファに身を預けた。
香り高い紅茶と焼き菓子が出されたが微量に毒が入っており、舌がピリピリした感覚に襲われたのでヒソカはそれ以上口をつけなかった。

待つのに飽きてトランプタワーを3つほど建設した時だった。


「やぁ。」

「…やぁ、イルミ。なんて可愛い格好してるんだい?」

「ヒソカがいつか悲しんでただろう?"フリフリの服の裾が足りなくてダメだ"って。うちのメイドの物と同じ物をオレのサイズで作らせてみたんだ。」

「君は本当に学習能力が高いんだね。最高だよ♪」


ヒソカはいつものようにイルミを抱きしめ、口づけをしようとしたが、イルミにそっぽを向かれてしまった。


「まだダメ。もぅそろそろ日が暮れるし、ヒソカお風呂でもどう?」

「いいね。君と入れるのかい?」

「まだダメだと言っただろ。こっち来て。」

「はい。お姫様♪」


メイドの恰好をしたお姫様の後に続くヒソカ。
着いた先はゾルディック家自慢の浴室だ。
床から天井まである大きな鏡に、猫足の浴槽。
ゾルディック家のお風呂にしては小さいと思ったヒソカだったが、その向こうを見て納得した。
イルミの母の趣味だろうか、桃色がかった大理石が敷き詰められた床に、真紅の薔薇の花弁が舞っている大きな水たまりからは、良い香りと温かいミストが立ち籠められていた。


「早く脱いでこっち来て座ってヒソカ。」


腕まくりをしたイルミが呼んでいた。


「まさか、君が背中を流してくれるのかい?」

「今日の君はお客様だからね。」

「くくくっ…ゾルディック家のサービスは最高だね♪」


髪が邪魔だと小言を漏らしながら、イルミはロングスカートの裾がビショビショに濡れるのも気にせず、タオル1枚のヒソカの背中を洗った。
まさかとは思ったが、猫足のバスタブは掛け湯専用のようだった。
さらに、イルミは髪まで洗ってくれた。

(どこで覚えたんだか…まるで赤ちゃんになった気分♪)

イルミが下の兄弟のほとんどを育児していた事までは知らないヒソカには、イルミの手なれた手つきは永遠の謎になった。


「オレ、次の準備があるから先に行くけど、後はメイドがやってくれるから。」


ごゆっくり。
と薔薇風呂に置いて行かれたヒソカは、柔らかいククルーマウンテン独特のお湯に再度、肩まで浸かったのだった。

メイドに髪を乾かしてもらった後、案内されたのはテーブルとキャンドルがセッティングされたテラスだった。
上機嫌なヒソカが大人しく座って待っていると、今度はドレス姿のイルミがやって来た。


「お待たせ。」

「これはこれはお姫様…。お美しゅうございます♪」


くくく…と笑いながら、イルミをエスコートする。
イルミが呼び鈴を鳴らすと、メイドがシャンパンを持ってきた。
もちろんイルミの御酌で乾杯し、「至れり尽くせりだね♪」と今夜の出来事を称賛した。


「まぁね。」


相変わらずの無表情ではあったが、ヒソカはどこか気になった。
(まだ何かあるのかな。)
先に起こる出来事を楽しみにしつつ、ヒソカは次々に運ばれてくる料理に舌鼓を打った。


「さすがゾルディック家の食事だね♪料理長にチップを払いたいな。呼んでおくれよ。」

「これ、オレが作ったんだけど。」

「…冗談は止めなよ。」

「怒るよ?」

なんと、運ばれてきた、
・フォアグラのパテとバケット
・サーモンとオニオンのマリネ
・ジャガイモのビシソワーズ
・スズキのホイル焼き
・レモンのシャーベット
・仔牛のフィレのグリル
これをイルミが作ったと言うのだ。


「ま、料理長と練習したけどね。」

「なるほど♪」


それにしても、これまでのイルミの性格からは考えられない行動であるし、その腕も大したものだと見直したヒソカだった。
イルミからしてみれば、ヒソカが何に感動しているのかさっぱり分からなかった。







ある日、イルミは母親に相談を持ちかけた。


"デートの相手が誕生日なんだけど、どう祝ったらいい?"


それを聞いてテンションの上がったキキョウは、何をするべきか手取り足取り伝えたのだった。







「次はデザートだよ。」


そう言って運ばれてきたのは細いロウソクの刺さったロールケーキだった。


「なんでロールケーキなんだい?」

「今日は"ロールケーキの日"なんだって。」

「そうなのか♪それより、ロウソクは何故刺さってるんだい?」

「え、今日ヒソカ誕生日だろ?」

「え?」

「忘れてたの?」

「さすがに自分の誕生日くらい覚えてるけど、僕、君に教えてないじゃないか。」

「クロロから偶然聞いたんだ。」


そういえば、入団する時にプロフィール聞かれたっけ。
気まぐれに本当の誕生日を答えただけだったのだが、まさかここで役立つとは思わなかったヒソカだった。


「嬉しいよイルミ♪」

「HAPPY BIRTHDAY ヒソカ〜♪」

「うん。棒読みな感じだけど、君、歌も上手いね♪」

「ロウソク消して。」


フッ…と消すと、ケーキは二人の前で切り分けられた。


「イルミの手作りだから、一生で一番素敵なケーキを楽しまなきゃね♪」

「今までで一番良くできたんだ。


ヒソカは一口、口に運び倒れた。


「?…ヒソカ?」

「き…君…。ケーキに何入れたの?」

「生クリームとパウダーと砂糖と卵、カスタードにドクトカゲのしっぽだけど。」

「そっ…か♪」


冒頭のセリフを頭に思い浮かべながら、ヒソカは気を失った。


「…ヒソカも猛毒には弱かったんだ。」










次の日の朝、ヒソカは驚異的な回復を見せ、目を覚ました。
体は痺れて動かないようだったが。


「あ、ヒソカ。起きたんだね。」

「おかげでいい気分だよ。ここはどこだい?」

「オレの部屋。ここなら面倒見やすいし。」


気がつくと、リンパの辺りに氷嚢と、おでこには冷たいタオルが乗っていた。
夜中に熱を出したらしい。


「痺れが取れれば、もぅ大丈夫だから。」


「ありがとう。でも、なんでケーキだけ毒入れたの?」

「うちでは誕生日の日だけ、ケーキ以外に毒を入れないのが普通なんだ。」

「そっか♪」

「オレ、仕事に行ってくるね。3日くらい戻らないから、回復したらゴトー呼んで。」

「もぅ面倒見てくれないのかい?」

「ほとんど寝ないで看病したんだから。タダで。」

「ありがとう、お姫様♪」

「特別ね…」


ちゅっ…。
とリップ音を残して、イルミは去って行った。





END.

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ヒソカ、ごめん。間に合わなかったよ。
今、7日の0:03だよ。
やっぱり、22時に書き始めたとか準備が遅すぎましたね。
やたら長い上に、サイトの自分ルール「音楽関係のタイトルの小説」に逆らってるし。

そして、何故キキョウはイルミが女性とデートしていると思わないのかについてツッコミ待ちです。